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寝覚月 [2007年09月29日(土)]
 文章を書かないと頭のどこかがめりめりと軋んでゆく気がする。
 記憶も記憶ではなくて,感情を撫で回す騒音器,雑多に横たわっている遅れた漏洩に思えてしまう。
Posted at 05:32 | 繰り言 | この記事のURL | Clip!!

去って [2007年09月04日(火)]
 今年の夏は暑さが厳しかったように思える。けれども去年の夏が暑かったかどうかは憶えておらず,帰着の出来ない何かが含まれ千切られ,簡単に楔を打つ事でしか憶えていられないのはもう毎年の馴染み。

 やおらに起き上がると水とコーヒーを飲む。そして読みかけの本を開く。ぼうっとする。繰り返し。

 去年の夏は何をしていたんだっけ。

 記憶がぽろぽろと零れてゆく。一新されず改めて内省もされず,くどい悪態のようなものが終始に付きまとい年暦と年齢だけが増える。変化は喜ばしい事ではなくなって,維持が迎えられて,単調或いは凡々としたものが肥えてくる。そういうものを鬱蒼としたものだと思う事だって変わらないけれど,それに属する尺の取り方だとか下向きの表情だとか愛想の施し方に差異を感じるようになってしまった。
 差異を感じ受ける事がとりもなおさず的外れだと云われてもそれはそれで構わない。かなしいけれど。

 誰かの汗ばんだ衣服の匂いだけが夏にまつわるイメージ。そして離別。

 水とコーヒーを飲む。そして読みかけの本を開く。ぼうっとする。繰り返し。
Posted at 01:54 | 繰り言 | この記事のURL | Clip!!

帯ゆく熱 [2007年06月27日(水)]
 夏の日が近付いてきている。
 冷たいものを飲んで,製氷器では沢山の氷を作っている。
 それでもまだ夏ではない。暑さで奔放が陽炎のように揺れる夏ではないのだまだ。


 毎日毎夜の夢はとても鮮やかで。不憫さや愁然さなどは欠片も無い。
 空を飛んだり超能力を使ったりしない代わりに現実と寸分違わぬレアリテが用意されている。
 夢の中では空もビルもネオンも見上げないし,誰かと居る事だって厭わない。いや,いつも誰かの横に居て,絶えず笑ったり怒ったり喜んだりしている。そして,泣く。
 こんなに大きく口を開けて笑っていてははしたない,とか,わんわん声を張り上げて泣いていては子供みたいだ,とかを考えるとそれはみるみるうちに遠のいていってしまう。
 そして口の端にある笑みの残りや,さっきまで感じていた頬の冷たさに戸惑いを感じる。覚めてしまってはその感覚だけが現実を知らせるものなのだ。


 夏も空も青々とした葉っぱさえも嫌いだった。
 冬と夜と無機質と人工物が好きだった。もっと云えば数字や化学式や赤と黄と黒のコードやテクスチャや表情の無いトランプの絵柄に惹かれた。


 反し,人らしさを求め,今夏はどこへ行こう。
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Posted at 06:59 | 繰り言 | この記事のURL | Clip!!

アンセム [2007年05月30日(水)]
 アイスコーヒーの美味しい時期になった。


 今だけ,今だけと思い続けているのは,模範や慣習に囚われた通念が形骸を見,焦りや動揺の根底を知れなくなっているからだ。
 従い,各々の抱えるそれと自分の抱えるそれとの相違を有耶無耶にし,淋しいだとか哀しいだとかをどうして他人に擦り付けられようか。
 それは気弱な言い訳でもあるし,排外を好みそうな成れの果てへのアンセムなのかも知れないと,白い煙の曖昧な道筋を見て思う。
 そうして別の事も考える。天気の事とか猫の食欲の事とか伸びた髪の毛の事なんかを。
 爪弾いて散らしてしまえば残りかすを集める程お人好しでない事も分かるのだろう。そしてそれも今だけ。


 軽薄な連続性を軽視するのと警視するのとでは何が変わってくるのだろうか。
Posted at 04:36 | 繰り言 | この記事のURL | Clip!!

ぼんやり [2007年04月30日(月)]
 途端に虚ろになって,虚ろになると哀しくなるので,哀しくなると寄せる身もないと思い込んで,寄せる身もないと思い込むと虚ろになる。
 だから冷えたカフェオレでも不味くはなかった。

 何も云えない。

 眠剤が体に残っていて辛いだけではあるまい。

 “愛しさ故の空回りはいつも結局拒否行動”,か。
Posted at 02:58 | 繰り言 | この記事のURL | Clip!!

 [2007年04月23日(月)]
 冷えた部屋。唸るエアーコンディショナー。光るランプ。
 彼が乖離した瞬間を見た。


 電話先の母の声色からは何も感じ取れなかった。母の兄が死んだのだと云う現実と,死に関する単純な気持ちしか見えなかった。わたしは全く違う事に支配されていたからだ。
 DSの画面を見ながら操作もせずに項垂れた。


 友人は音楽を小さい音量にしてくれた。そしてそうだともそうでないとも云わずにオレンジジュースを差し出してくれた。
 友人は何も云わないと,他愛もない仕草で聞いてなさそうなふりをすると,いや,実際には共感を示せないという事,勿論,「今,あるのはあの人なのか彼なのか」と問うてこない事も充分過ぎる程に知っていた。
 だからわたしは話したのだろう。雨の中,少しずつの間隔をおいて。


 思い出すのは辛い事ではない。思い出さない様にする事が辛いだけだ。
 そうやって何年も閉じ込めてきたもの。彼に関する ---名前さえ---もの。彼にまつわる一切のものを意識の表面に上らせる事はまだ出来なかった。
 あの年頃に考えそうな倫理や文化,反骨精神,何もかもをも共有出来ずに一人で年齢を重ねるしかなかったのは...何の為と誰の為だったんだろうな。


 水辺の匂いが好きだ。江ノ島を思い出すからだ。突然,ばしゃんと目の前に打ち上げられたヒトデも記憶の中の付箋。
 近くにも水があった事に気付かされた。
 岩場の苔で滑って,携帯電話も腕時計も財布もサンダルも煩わしさも独りも音楽も部屋も放り投げて,着の身のままで泳いだ日はそう昔でもない。
 確かそれも深い夜の日だった。
 深い夜,足裏の砂の感触。ジーンズを履いていても泳げば良かった。そしてあの日と同じ様に濡れ鼠で帰ってゆく。
 馬鹿馬鹿しい事だけれど,頼りない足付きで地や岩を飛ぶ瞬間,子鹿もこんな風なのだろうかという思いがよぎる。
 本当の鹿は知らない。
 パブリックな偶像に固められてプライベートを見せなくなるのは誰もがそうで,時にそれ ---見せない事--- が誉れあるアイデンティティにすげ変わる。あまつさえには警戒心を持ってして自分とはこうだと鼻息を荒くする人間に辟易するのも同じなのでしょう皆ずっと。


 彼が乖離して誰が映る?
 嘘みたいな呪言はようやく飯事の様な気まぐれになる?
 何故,君が幽閉して,何故,君が解放したのか。


 気丈な方ではない。繊細でもないけれど。
 どうやって抱えていこう。
 不動だった虚像は砂の城の様に壊れてしまって直し方を分からない。
Posted at 12:00 | 繰り言 | この記事のURL | Clip!!

ばらばらばら [2007年04月09日(月)]
 夜が溶けて朝が疲れていると,現実味を帯びているくせに幻覚でも夢でもないけったいな感覚になる。それが好きで得も云えぬ鬱蒼感にとことん痺れたいと思う。

 シルヴェッティの“Spring Rain”を聴くと,ジャケットの紫がかった柔らかい部分が目の前に飛び出してくれればいい,とはいつも願う事。原色は鮮やかで目に刺さるけれど長くは保たない。淡い色がねっとり浮揚すればキャンドルライトも敵わないのだ。キャンドルはライターぐらいにしか思っていない。

 好きなものが一過的な匿名性を付与され好きだったものになっていく事に嬉しいとも哀しいとも何も感じない。勿論,危機感なんかも抱かない。どこかで諦めてしまったのは知っている。

 『猫は側にいて欲しい時に限っていつも居ない』と文句を垂れていたが,四六時中側にいて欲しいのであれば,側にいて欲しい時なんて事も自覚しない訳で,構えない時もある事を知っている人間が易々と猫を「気ままだ」とは云えないのである。
 だから横になっている猫をそっと撫でるしかないのである。だから伝わる毛皮の感触がとてもとても優しい。
Posted at 16:15 | 繰り言 | この記事のURL | Clip!!

或いは [2007年03月27日(火)]
 これはてんでどうにもならないな,と,惚ける事が多くなった気もする。
 それは勿論,絶えずの人にも及んで云える事だし,自らの肉体にも云える事で,異なった次元を同一にさせては惑い憂う。
 彼の人はそういう人であった。これはてんでどうにも敵わない,と,彼の機軸跡を遠き芝生から眺めては感じた入ったものだった。それは経歴や感性云々といった―――ある一部の人は好みそうな,またある一部の人は激しく嫌悪する,明確であやふやで魂の抜け殻の証の様な―――ものでは淵を辿れぬもので,在りし事それ自体が目映い程の記しを散りばめさせていたのだった。だからこそ祝着に存じたプロローグであって欲しいとも強く願っている。アイスクリームはとけない。一つの手掛かりである。
Posted at 06:09 | 繰り言 | この記事のURL | Clip!!

炭酸飲料 [2007年03月25日(日)]
 雨の降る中,小走りに駆けてゆく。そして嫌いな炭酸飲料を買う。空を見上げる瞬きなく,幾つもの水たまりを飛び越える。夜は深いはずなのに静けさだけでは淋しくならない。
 一通のメール。「ご希望の商品はメーカー在庫切れの為キャンセルされました。」
 そうか。何週か前に頼んでおいたものだ。何を注文していたかも忘れてしまっていた。部屋には読んでいない本が積み上げられ,レコードショップの段ボールやらビニール袋やらが未開封のままで立て掛けられている。決して閑散とはしていない。していないけれども必要のない品物にも生気が漂わない事を見た。
 相変わらず何が欲しいか分からない。何が欲しいか分からないという気持ちを初めて知って,これ程までにも―形容のし難い―居心地の悪い気分だとは……,身震いさえ催す。これが言わば“宗教的に”“満たされている”と呼ばれる状態なら平穏なんてくそくらえなんだ。例えば高価なものにかかわらず,何かしらの欲しい物がなければ頑張る気にもなれない。頑張る,陳腐な褪せた言葉に当てはまる通りに,何もかもに自己を取り巻くいずれの環境にも態勢にもにつまりはやる気も起きないと云う事だ。それは憶えた幼い諦念が雛鳥ではなくなったかの様。この状況を打開しようとする意気さえも消失しまっているんだよ。
 メモ帳を取り出し,何が欲しかったかを書き出そうとした。だけれどそれはやめにした。この上無く馬鹿げた事に思えたからだ。生きていく為の僅かな金銭を貯める目的はないけれど,それをむざむざ浪費はしなくともいい筈だ。それぐらいの簡単な計算は出来る。
 だから何も求めず求められず誰も求めないならそういう生き方に転向しよう,と思い馳せるのは自傷行為にも似ている気がする。昔,世の何も今より知らなかった頃,2003年3月27日に,わたし自身が,『いつも白か黒かで在ることを理想としてきたけれど、やっぱりそれだけでは構成されないんだろう。少しだけのお金と少しだけの知人がいればどこでだって生きれる。』と書いた事をしばしば思い出す。どこでだって生きられるとは今も変わらず思っている。この部屋に有る物や長らく執拗に追い掛けていたものや粗末な知識も不燃で不要な訳なのさ。
 炭酸飲料が苦手なのは,喉に痛みを感じるからだ。爽快感なぞ一切無い。痛みが味―と云っても大量の甘味料だけれど―を消し,鼻に抜けゆくガスに涙ぐんでしまう瞬間が殊に憎いからだ。そういう理由でビールも発泡酒も嫌いなのだけれど,ジンジャーエールだけは特別で,そんな事を書くとまるでくるりの“ばらの花”を忘れられないままでいる子の様で,苦笑いしか出来なくなるね。
 雨音が響く。白い煙は空に上る。炭酸の泡は知らないうちに弾いて終い。
Posted at 02:43 | 繰り言 | この記事のURL | Clip!!

春霞 [2007年03月24日(土)]
 時に,欲しいものがなくなり虚無故の解放から祈るのではなく,時に,歪んだ関わりの末を案じる保身から祈るのでもなくなって,聖書を久し振りに開けば変わらない神の言葉がそこに。神は変わりなくそして日常も変わっていなかった。朽ちるこそのみが普遍であらば老齢へと栄えゆく日々。
 煙草を吸う量が増えては減り増えては減り,煙が天まで届かない様にとだけは祈る。ふしだらに不義を重ね,憶測も推測も実際も何もかもが露見してしまうのなら隷従するさ,望まれる方向に望まれたままで。
 ようやくくしゃみと鼻水はましになり,外界の音も景色も風も再び知れるようになった。
 そうして珈琲に砂糖を加えるのもやめてしまおう。ついでに,とも云うべきか,最もな核心とも云うべきか,欲にまみれた生活が活気溢るるものならば舞い戻る事さえも願い,しぼんだ佇まいが何やらかを廃するならば肉の化身を弄ぶ事も引き続き。
 宙中が白く霞む中,何も思わず―思考と呼べるものは―,何も聴かず―騒音と呼ばれているもの以外は―,ただ幾ばくかの生の在り処を嗅ぎ取っては下を向くしかなかった。世界は白かったからだ。そして機械的に笑っているしかなかったからだ。だけれど白い世界と白濁した世界は違う事も知っている。
 今更に白く混濁した世界が煌めいているとは云わないし,ましてやどす黒く曇っているとも云わないけれど,どちらにしろ憧憬からはすえた匂いがしてきて,吐瀉物に顔を背けるぐらいなら,嫌な事を嫌と明示した方が利口だ。
Posted at 00:05 | 繰り言 | この記事のURL | Clip!!

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